A DAY WITH Y

Vol.1 金子恵治

ファッションディレクター

すっと手を伸ばしたとき、そこにある服。
なんてことない“普通の服”だけど、
なぜかいつも着てしまう。

〈Y〉が提案するのは、そんな服です。
日常にそっと寄り添いながら、
そのひとの個性と結びつく。

じゃあ、このブランドの服をまとうのは
どんなひとなのか?

デザイナー・田口令子と、
アドバイザー・金子恵治が、
〈Y〉を着るひとのもとを訪ねます。

じゃあ、このブランドの服をまとうのはどんなひとなのか?
デザイナー・田口令子と、アドバイザー・金子恵治氏が、
〈Y〉を着るひとのもとを訪ねます。

道具的で普通の服に
意味を見出し、価値をつける。

ー金子さんがファッションに目覚めたのはいつ頃のことですか?

金子:小学校の高学年から中学にかけてですね。カラダの大きな従兄弟がいて、いつもおさがりの服が送られてくるんですよ。でもぼくはめちゃくちゃ華奢な少年だったので、やたらデカい従兄弟の服をどうにか着るみたいなことをしていたんです。振り返ると、その頃から“考えて着る”みたいなことをしていましたね。

ーそんな時代から着こなしについて考えていたと。

金子:アメカジが好きになったのは高校生の頃で、友達のお兄ちゃんがおしゃれ好きだったんです。それが弟に伝染して、ぼくもその影響を受けていました。そこからどんどんアメカジにハマって、社会人になる直前の春休みは上野のアメカジショップでバイトしたりしてましたね。

田口:金子さんの世代でファッションが好きなひとは、みんな通る道ですよね。

金子:ぼくが高校を卒業する頃が第一次ヴィンテージブームの真っ盛りで、『BOON』とか『ASAYAN』を読んで情報を得ていました。

田口:あの頃はみんなMA-1を着て、「501®」を穿いてましたよね。それで足元はエンジニアブーツで。もう本当にオーソドックスなアメカジの格好をみんなしてて。

ー高校を卒業したあとに就職したんですか?

金子:そうなんです。量販店に就職して、ファッションというよりはアパレルビジネスのシステムみたいなことをそこで勉強しました。

ーその後にセレクトショップに転職するんですか?

金子:4年間量販店で働いて、その後セレクトショップに就職しました。最初はウィメンズのお店に配属になり、その後メンズのお店に異動して。そこはフレンチを軸としたショップだったんですよ。カジュアル、デザイナーズ、クロージングの3つのカテゴリーに分かれていて、どのフロアにも立たせてもらっていたので、ひと通り勉強しましたね。

田口:はじめはウィメンズのお店にいらっしゃったんですね。接客されてたんですか?

金子:そうなんです(笑)。

田口:珍しいですね。いまでこそ男性スタッフがウィメンズのお店に立っている光景はよく見ますけど。

金子:商品も内装もすごくこだわっていて、大人でかっこいいお店でした。

ーフレンチのお店ではバイヤーも経験されたんですよね?

金子:フランスのワークウェアの工場へ行って、そこで別注の相談をしたりしていました。いわゆるフレンチの基礎みたいなことを徹底的に叩き込まれたんです。先輩たちを見ると、ワークジャケットにドレスシャツを合わせて、足元もドレスシューズで固めるみたいなスタイリングをしていて。そういう環境にいたので、ワークもドレスも文脈を理解できたし、そうしたミックスコーデがどうしてかっこいいのかっていうところまで考えられました。

そうやって25歳くらいまでにいろんなことを吸収して、バイヤーを経験させてもらったこともあって、ファッションを深掘りすることができました。ぼくが道具的な服を好んで着るようになったのも、思えばその頃の影響が大きいですね。装飾的にデザインされた服の魅力ももちろんあるんですけど、なんでもない服をかっこよく着ることにファッションの楽しさを覚えたんです。

田口:デザイナーズにはあまり興味がなかったですか?

金子:フレンチのショップにいた頃は、いわゆるアントワープ系のブランドも手に取って見ていました。ぼくの前任のバイヤーがデザイナーズ好きで、そういう服をいち早く仕入れていたんです。ぼく自身もバイヤーになってショーを観に行ったり、実際にバイイングもめちゃくちゃしていました。それと同時にワークやドレスといった服も扱って。

田口:金子さんってカジュアルやドレス、ヴィンテージに強いイメージがあって、モードだけ唯一印象が薄かったんですけど、そこもしっかり通っていらっしゃったんですね。

金子:その頃からぼくの服選びは、いまとあまり変わってないんです。バイヤー時代はデザイナーズもしっかり見ていましたが、手に取るのは普通の服が多かったですね。結局は道具目線で見ちゃうというか。

田口:私もデザイナーとしていろんなブランドの服を見ますが、結局いいなって思うのは普通の服なんです。デザインされているものを手に取ることは少ないので、金子さんのそういった趣向にすごく共感します。

金子:デザインって足し算をしていく作業だと思うんですが、その中で引き算された服にかっこよさを感じるというか。デザインを削って「これでいい」となった服に惹き寄せられますね。そういう服に老舗ブランドのワークジャケットを合わせたりして、どちらも普通なんだけど由来は違うっていうところに自分なりのストーリーを紡ぎ出したり。それはいまもむかしも変わらないですね。

ー普通の服が好きなのは、そうした組み合わせでファッションを表現したい気持ちがあるわけですね。

金子:道具的な服にモノとして惹かれるんです。そこには意味があるっていうことなので。だからぼくはデザイナーにはなれない。自分は完全にバイヤーだと思ってますね。目の前にあるものから意味を見出して、そこにどういう価値をつけるか。それがぼくの仕事なんです。

一方でデザイナーは、道具的な価値に勝るデザインを描かないといけないですよね。そういう意味で田口さんは完璧にデザイナーだと思ってます。〈Y〉に関しては、田口さんに声をかけてもらったことに意味がある。お互い好きな服は似ているけど、ぼくが持ってないものを田口さんは絶対に持っているから。

ー異なる役割で仕事ができるということですかね?

金子:そうですね。すごく似ているように見られるけど、役割が全然違うんです。

無意識にお互いの
役割分担が分かっている。

ー田口さんはデザイナー、金子さんはアドバイザーという肩書きで〈Y〉の服がつくられています。

金子:ぼくがいろんなサンプルを持ってきて、「こういう服がいい」っていうのを伝えるんです。それを見た田口さんは、なるほどと頷いて料理をはじめる。ざっくりと説明するなら、そんな感じのプロセスです(笑)。ぼくは持ってきたものをそのまま再現して欲しいわけではなく、田口さん流につくり直して欲しいんですよ。お互いの好みは分かっているから、足し引きのさじ加減もきちんと理解している。だから田口さんとタッグを組むことに意味があるんです。

ー金子さんは毎シーズン、なにかテーマみたいなものがあって、サンプルとなる服を選んでいるのですか?

田口:テーマとか、ないですよね?

金子:まったくないですね(笑)。

田口:私もなにかテーマを設けてデザインをするタイプではないんですよ。だから、サンプルに対してどういうアプローチをするかっていうことを考えてます。いまの気分をふたりで話し合いながら、素材やサイズ、ディテールなど、〈Y〉として必要なウェアリングのバランスを考えるんだけど、「これ以上いじると、金子さんの良さがなくなるな」っていうところで寸止めするようにしてますね。ちょうどいい塩梅を探るのが私の作業なんです。

金子:〈Y〉は春夏と秋冬で半年ごとにつくっていくから、ぼくのサンプル選びはその半年間で蓄積された気分の流れが反映されてます。具体的な基準はないんですが、デビューから既に何年か経っているし、ただ単に新しいものをつくればいいというフェーズでもない。そういう意味では自分なりに気分を掘り下げて、「いまの〈Y〉だったらコレだな」っていうのを打ち合わせのギリギリまで粘って探し出すようなイメージですね。

田口:たしかに私たちって半年のタームで仕事をしているけど、スマホの中を見ていると自分の頭の中を覗くような感覚で、その半年間になにが気になってたかっていうのが如実に出ますよね。服もそうだし、景色とか、料理とか、色とかも。そういうのって、なんかありますよね。

ー金子さんが持ってくるお題に対して、田口さんはどんなことを思っているのかが気になります。

金子:あまり考えないようにしている印象がしますね。というか、ぼくが持っていく服に対して田口さんは自分の好みで判断することがないんです。「私、これニガテだから」って絶対に言わないんですよ。

田口:それをすると、金子さんと一緒にやっている意味が失われちゃうので。「こういうのを持ってきたか!」って思うんだけど、それが金子さんらしさだったりするじゃないですか。金子さんが〈Y〉のことを考えて持ってきたものが、結果的に〈Y〉らしさになればいいなって思ってるので。

金子:そういう話を具体的にしたわけでもないんですけどね(笑)。無意識にお互いの役割分担が分かっているというか。だから、それ以降の修正も基本的にはお任せなんです。もちろんその現場に立ち会いはするんだけど、ぼくはデザイナーではないし、そこは田口さんの領域なので。

ー信頼されているんですね。

田口:はじめから仕事の役割も話していないし、〈Y〉とは? みたいなことも話してないんですよ。セッションみたいな感じで緩くスタートして、そのまま緩くつくっているんです。もちろん、やるべきことはしっかりとやるんですけど。

金子:最初、たまごサンドの話をしましたよね(笑)。

田口:そうそう、〈Y〉はたまごサンドみたいなものだから、力みすぎちゃいけないっていう(笑)。

金子:それくらいがちょうどいいんですよね。

ー今回の撮影でも、他の出演者の方々がみんな口を揃えたように「ちょうどいい」って言っていたのが印象的でした。

田口:〈Y〉ってストライクゾーンがあるようでないんです。輪郭が結構ぼやけてて。ターゲットが絞られているようで、実ははっきりしてない。だから作り手としては常に疑問符が頭に浮かぶというか、ちゃんと皆さんに気に入ってもらいたいって思いながらやっているんですけど。それができてるといいなぁっていう感じです(笑)。

デザインに対する美学が
しっかりと盛り込まれている。

ー金子さんは〈Y〉の服をどんなときに着ますか?

金子:犬の散歩のときもそうですし、本当に普段着として着てますね。いま住んでいるところも結構街中なので、フラッと外に出るにしても適当にはできないんです。〈Y〉ってそういうときに信頼できる服なんですよ。部屋着としても優秀だし、そのまま仕事にもいけちゃう汎用性もあって。

やっぱりちゃんとデザインされている服なんですよね。“ちょうどいい”と言っても妥協の積み重ねでつくっているわけではないから、ちゃんとバランス良く見えるんです。そこをしっかりと狙ってやっているところに魅力がある。

ーたまごサンドだけど、ちゃんと満足させるというか。

金子:こういうシンプルな服をつくるレーベルって増えているじゃないですか。だけど〈Y〉に関しては、しっかりと見た目をよくするためにこだわってつくっている。そこには田口さんのデザインに対する美学がしっかりと盛り込まれているんです。道具をきれいにしているような感覚なのかな? ヴィンテージと合わせると古着っぽくも見えたりして、不思議なんですよ。ひとの個性に馴染むというか。

田口:着用者の個性のぶんは引き算しておくっていうのは意識してますね。いつも手に取りやすくて便利な服なんだけど、ぞんざいに扱うような服でもない。だから大人でも着られるというか。

金子:誰でも着れるんですよね。ぼくも着れるし、たとえば鎌倉でスローライフを送っているひとも着れる。スタイルというか、カルチャーが削ぎ落とされているから、どんなライフスタイルにもフィットするんです。色もネイビーとホワイトしかないから「◯◯っぽい」っていうのがいい意味で出ないんですよ。

田口:たしかに。それは大きいですよね。

金子:色の縛りがあるのが、逆に誰でも着られるっていう部分に繋がってますよね。

田口:サイズも3サイズの展開だけど、他の服と違ってサイズ毎にピッチがすごく変わるんです。だからどう選ぶかによってバランスも変わる。原料もサステナブルを意識しながら選んでいるし、常に制限があるんですよ。そういう意味では、コーディネートに取り入れるときに奥深さが生まれるんじゃないかって思います。

ーサイズバランスもすごくいいですよね。

金子:全部男女のモデルに着せて、フィッティングもしっかりしてますからね。

田口:アイテムごとにサイズピッチを決めているのも珍しいと思います。普通はサイズが上がるごとに均等に大きくなっていくんですけど、〈Y〉はアイテムによってすこしづつピッチを変えて、バランスを整えているんです。だから同じアイテムでも着るひとによってシルエットが微妙に変わるのがおもしろい。

金子:結構考えてつくってますよね。

田口:そうそう。実は手間ひまかけてつくってるんです。サステナブルな原料もまだまだ少ないし、その中でのものづくりも自分たちに課した課題でもある。ネイビーとホワイトの色出しも一生懸命こだわってやってて。

金子:よく見ると、アイテムによって微妙に色が違いますもんね。生地が変われば色も変わるから。でも、その違いが表情につながると思うんです。デザイナーからすれば頭の痛い話だと思うんですけど…。

田口:本当にそうなんですよ(笑)。単純なことをやっているようで、実は奥深いんです。

フラッと寄った場所に
〈Y〉がある。

ーシーズンを重ねる中で、〈Y〉らしさみたいなものって見えてきたりしますか? もしくはもともとあったものが変化するとか。

金子:らしさってあるのかな。それがないほうがいいような気もします。ずっとふわっとしたままなのが大事というか。

田口:そうですね。性別も年齢も超えて着られる服でありたいので。

ー常に余白を残したまま、ワードローブにそっと馴染む服であると。

金子:そうですね。ファッションが好きなひとって、それぞれ主張があってスタイルがあるじゃないですか。だけど〈Y〉っていい意味で主張がないんです。これを1枚着たからおしゃれになるっていう服ではない。

田口:ファッショナブルっていうわけではない。でもちょっとだけセンス良く見えたり、こだわって見えたりする。そんな服ですよね。

ーこれからどうしていきたいですか?

金子:究極はコンビニで展開できたら最高ですよね。

田口:おぉ~!

金子:コンビニは極論だとしても、そういうことだと思うんですよ。ファッションのお店に置くことによって、「〈Y〉ってイケてるの?」っていう見られ方をするのはちょっと違う。そもそもそこで戦ってないんですよね。

田口:ライフスタイルショップに置かれて、手に取られていくのはいいかもしれないですね。

金子:こういう服が日常で手に取りやすい場所に置いてあるとすごくいいと思う。フラッと寄った場所に〈Y〉があって、着てみたら「なんかいい」ってなる。それでみんな自然と普段着にしちゃうというか。

田口:それこそ、この服はシチュエーションレスなんですよね。部屋でも日常でもそうだけど、旅とか非日常の場面でも高いパフォーマンスを発揮してくれると思う。だから空港とか、そういう場所で売られてもいいかもしれないですね。旅に持っていったら絶対に便利だと思うので。

金子:そうやって〈Y〉が広く浸透したら、世の中がもっとおしゃれになりそうな気がしますね。