A DAY WITH Y

Vol.2 伊藤亜和

文筆家

すっと手を伸ばしたとき、そこにある服。
なんてことない“普通の服”だけど、
なぜかいつも着てしまう。

〈Y〉が提案するのは、そんな服です。
日常にそっと寄り添いながら、
そのひとの個性と結びつく。

じゃあ、このブランドの服をまとうのは
どんなひとなのか?

デザイナー・田口令子と、
アドバイザー・金子恵治が、
〈Y〉を着るひとのもとを訪ねます。

じゃあ、このブランドの服をまとうのはどんなひとなのか?
デザイナー・田口令子と、アドバイザー・金子恵治氏が、
〈Y〉を着るひとのもとを訪ねます。

なるべく自分の思うように
見られたい。

ー亜和さんはどうして文章を書くようになったんですか?

亜和:4年くらい前にnoteっていうプラットフォームで書きはじめました。X(旧Twitter)で流行ってて、私も書いてみようと思ったんです。日記みたいな形で4ヶ月に1回くらいのペースで書いてて、それがある日、急にバズったんです。その投稿はお父さんの話だったんですけど、それがきっかけで仕事としても文章を書くようになりました。

ーそれまでは文章を書いたりはしていなかったんですか?

亜和:書いてなかったですね。作家になりたいとも思ってなかったですし。

ー文章を書くって、意外とハードルが高い行為だと思うんです。自分の気持ちを上手に文章化するのって簡単ではないと思うし、だからこそ続けるのも大変というか。

亜和:続けようっていう意識すらなかったですね。思いついたときに書いていたので。それ以前にTwitterはやってたから、それがトレーニングになっていたのかもしれません。必要に迫られて書くっていう感じではなかったですね。

ー書いていて手応えのようなものはありましたか?

亜和:Twitterでは人に読んでもらうための文を書くじゃないですか。私はそれが原点で、どうやったら人を楽しませられるかとか、そういうことを考えていました。それで反応が得られたときに手応えを感じましたね。自分を癒すためとか、心を整理するとか、そういうことはあまり考えてなかったです。

ー最初から周りを意識していたと。

亜和:そうですね。私は小さい頃から目立っていたので、人からどんな風に見られているかを物心ついた頃からずっと考えていました。なるべく自分の思うように見られたいっていう気持ちがあって。

ー自分自身のアイデンティティを確かめるような感覚ですか?

亜和:みんな私のことをひと目見て、複雑な人生を送ってきた苦労人みたいな枠に簡単に入れようとするんです。過去に辛かった経験があるだろうとか、孤独だったんだろうっていうストーリーを簡単に作り上げちゃうんですよ。それに反発するために自己主張をしていた感覚ですね。そっちに目がいかないようにブランディングをしているというか。

ーちなみに亜和さんの日常ってどんな感じなんですか?

金子:撮影中、たくさん寝るって言ってましたよね(笑)。

亜和:寝るのは好きですね(笑)。最近ひとり暮らしをはじめて、まだその環境に慣れていないんですけど、なんとか居心地のいい空間をつくろうと思ってますね。いままでは家族と暮らして、外では人の目を気にしていたから、部屋で誰にも見られていないっていう意識がようやく芽生えてきたんです。その中で自分がしたいことはなんだろう、どうしたら自分が気持ちよく過ごせるだろうっていうことを考えてます。あとはよくお風呂に入ってますね(笑)。

田口:どうしてお風呂に入りたいんですか?

亜和:私はなにもせずにジッと座っていることができなくて、常になにかしなきゃっていう気持ちがあるから、お風呂に入っていれば何も考えずにすむじゃないですか(笑)。

田口:“お風呂に入る”っていう行為をしているわけですね(笑)。

亜和:お風呂に入っているから忙しいっていう言い訳ができるんです(笑)。

歌詞とかそういうものに
影響を受けている。

ーnoteに書いた話がバズって、それは亜和さんにとってうれしいリアクションでしたか?

亜和:予期せずうれしいリアクションでした。自分の複雑な情緒、複雑な家庭環境がなければ書けないものだったので。あの記事が評価されたのはすごくうれしいことだったけど、それを抜きにしても、生まれ持ったものではない“書く”っていう技術が認められたがなによりもよろこばしいことでした。

ー文章で影響を受けたものってあるんですか?

亜和:母が山田詠美先生の大ファンで、私も何冊か借りて読んだことがあるんです。その影響は多少受けていると思います。とはいえ、私はあまり本を読まないんですよ。むしろそれよりも、小さな頃から音楽をずっとやっていたので、歌詞とかそういうものに影響を受けています。

金子:へぇ~! そうなんですね。

田口:亜和さんがnoteで綴られている文章の言葉選びに、すごくオリジナリティを感じるんです。それって歌詞の影響だったのか。

亜和:あまり洋楽は聞かなくて、邦楽ばかりなんですけど、歌詞について考えることが多いですね。音楽のジャンルも色々聴いていて、母はヒップホップが好きだし、私は讃美歌や聖歌がものすごく好きだし、J-POPなど大衆的な音楽も聴きます。そうやってとにかくいろんな音楽を取り込んだ結果だと思いますね。

ー歌詞に書かれている言葉から曲の世界観を掘り下げていくんですか?

亜和:言葉の解釈みたいなことを考えています。たとえばラテン語の曲を日本語に翻訳していたりすると、言葉の使い方って変わってくるじゃないですか。聖歌の和訳なんて日常で使わない言葉がたくさん入っているんですよ。そうやって言葉の選び方によって世界観が壮大になったり、楽しい気持ちにさせられたり、一方では厳かな気分になったりもする。言葉ひとつでそれを変えられることを学びましたね。

ーすごく文学的ですよね。

亜和:そうかもしれないですね。だけど、好きでそうやっていたかといえばそうでもなくて。自然とその世界に染み入っていたという感じです。そこまで深く考えずに。

いい感じに力が抜けているように
見えるんだけど、だらしなくない。

ー曲の詳細をすごく仔細な部分まで眺めているということですよね。そうすることで新たな解釈が得られるというか。それってファッションでも似たようなことがあると思うんです。いいなと思って手に取った服を細かく眺めると、なんでいいと思ったかが分かる、みたいな。

亜和:私は好きな曲を何十回も繰り返して聴く癖があって。服とかも気にいると、毎日それを着ちゃうんです。だから質が良くないとダメなんですよ。

ーそれは「これでいいや」っていう諦めではなくて、「これがいい」っていう素直な気持ちですか?

亜和:そうですね。好きな服を着て、自分の理想にピタっとハマった状態を維持したい。気分を変えるとか、そういう気持ちはないですね。波瀾万丈が苦手だからずっと安定したままでいたくて。毎日海苔弁で幸せ、みたいな(笑)。

ー足を知るということですね。人間って欲張りな動物だと思うんですけど、亜和さんの場合は自分が満足というラインをしっかりと把握しているんですね。

亜和:「これもいい」というよりは、「これがいい」っていうのが長く続きますね。

ー〈Y〉の服はどうですか?

亜和:すごく着やすいし、過ごしやすいし、部屋でも全然着られるけど、外で着てもかっこいい。そういうちょうどいい服だなって思います。動きやすくてかっこいい服に出会えて良かったなぁって思いますね。

前までは身体のラインが出るような服だったり、ヒールの高い靴を履いていて、着心地は後回しで自分好みのものを選んでいたんです。だけどひとり暮らしをはじめて、人に見られていない自分を意識しはじめてからは、着るものの傾向が変わってきました。こんなに動きやすい服があったんだ! って発見があって(笑)。

金子:すごくいいタイミングで出会えましたね(笑)。

田口:引越しのタイミングが良かった(笑)。

亜和:家族にも珍しいねって言われたりして。

田口:たしかにいままでの亜和さんって、黒くてスレンダーな服を着てたイメージがあります。

亜和:そうなんです。だけど、そういう服ばかり着ていた私でも〈Y〉の服っていいなと思えるし、それを着ている私を見て「いいじゃん」って言ってもらえたのもよかったですね。「それちょうだいよ」とか(笑)。

田口:新しい自分というか、もともと亜和さんの中にあったのかもしれないけど、新発見できたわけですね。それってすごく新鮮な体験ですよね

亜和:いままで意識しすぎだったものが、一気に無防備になった感じです。いい感じに力が抜けているように見えるけど、だらしなくはないっていう。そこがいいですよね。

田口:そこでまた、2週目に入っていくのかな。いまのニュートラルな状態から、これからどうなっていくのかも楽しみですね。亜和さんの気持ちのありようによって、ファッションが変化していきそうですよね。

亜和:そうですね。ちょっとずつコントロールできたらいいなって思います。

自分自身のカウンセリングに
なっているのかもしれない。

ーひとり暮らしをはじめて、自分自身を素直に見つめるようになった一方で、世の中を眺める視点に変化はありますか?

亜和:まだ日が浅いので、そこまで変化はないですね。でも、ひとりで料理をしたり、洗濯や掃除をしたり、そういう生活の営みが意外と嫌いではないんだということに気づきました。今日もここに来る前に急いで洗濯機を回して、洗濯物を干してきたんですけど、そういうのが楽しいんです(笑)。家に戻ったらお茶を沸かして飲むとか、そういうちょっとしたことによろこびを感じてます。

ー文章を書くときの亜和さんの視座ってどんなところにあるのかが気になります。物事の眺め方って、文章を書く上ですごく重要だと思うんです。

亜和:私ってすごく薄情なんですよ(笑)。あまりたくさんの人と深く関わらないようにしているというか、わかってくれる人が数名いればそれでいいって思っているんです。そうやって人と一定の距離があるからこそ、いいところが見えたりとか、愛おしい部分を発見できるのかなって。それができるのが自分のいいところだと思ってます。他人のことも自分ごととしてあまり考えないので、誰かにひどいことを言われたときも、「おもしろいこと言うね」っていう感じで捉えるので(笑)。だから酔っ払いに絡まれても普通に返事するんですよ。それを新しい出会いだと思うし、思いもよらない会話が続いたりもするので。

ー程よい距離感を保つことによって自分も相手に適当になれるということですか?

亜和:そうですね。酔った人の相手をするときも、向こうはきっと覚えてないだろうと思ってすごく適当に扱ったりもします(笑)。でも、私としてはそうしながら相手に近づいて来て欲しいんです。

田口:自分からはいかないんですか?

亜和:自分からはいかないですね。ぐっと近づいてきて、すごく不躾なことを聞いてくる人とか楽しいです。私は好きなんですよ、そういう人が。とにかくいろんな人と話したいんです。

ー読者やフォロワーの方々のリアクションとは別に、書くことによって自分自身に得られるフィードバックってありますか?

亜和:思っていることを頭の中で常に文章化しているわけではないので、そのときに自分がなにを感じているのかって意外と把握しづらいんですよ。だけどそれをちゃんと人に読ませる文章にして、はじめて「自分はこういうことを考えていたんだ」ということが分かる。そういう発見はありますね。

ー思考の整理のような感覚を得られると。

亜和:いざ文章にしてみると、「自分はこんなに恥ずかしい人間だったんだ」って思ったり(笑)。でもそこは隠さないようにしてますね。書いて人に見せれるということは、たとえその内容が間違ったことであっても、既に考えを改めているからこそ書けると思うんです。人って自分の悪いところを隠そうとするので、それが直ってないと文章にはできない。書けたということは、思い直せたということ。そうやってポジティブに考えるようにしてますね。ある意味では自分自身のカウンセリングになっているのかもしれません。

亜和:いまの私は自分自身に目が向いているんですけど、いつかは自分の表現で誰かを助けたりとか、世の中をよくしたいっていう気持ちが芽生えることを願っています。

ー亜和さんにとって書くことのモチベーションはどんなところにありますか?

亜和:私は日常の辛さを忘れるために読んで欲しいと思ってて。でもそれって一瞬の現実逃避にしかならないじゃないですか。そのときはよくても、読み終わったら辛い現実がまった目の前にやってくる。いまは少しでも、そうした辛さを軽減できるような文章を書けたらいいなって思ってます。人を助けられるとは思ってないですけど、そのきっかけになれたらいいなって思ってますね。