In Harmony With ephelis In Harmony With ephelis

Queenie Chan(クウィーニー・チャン):〈éphēlis〉デザイナー。 2014年にロンドンの名門Central Saint Martins(セントラル・セント・マーチンズ)にてファッションニットウェアの学士号を取得後、パリのクチュールハウス〈Christian Dior(クリスチャン・ディオール)でデザイナーとして働き、 2017年に香港に帰国、作陶を始める。

田口令子(たぐち・れいこ):〈YLÈVE〉デザイナー。セレクトショップデザイナーを経て、2018年春夏より 〈YLÈVE〉 を立ち上げる。立体的なパターンで仕立てたベーシックアイテムを中心に、シンプルでありながら素材や仕様にこだわった洋服を展開。

感覚に素直になること。

田口 「クウィーニーさんはもともとファッション業界で働いていたのですよね?どうして陶芸家になったのですか?」

クウィーニー 「学生時代はイギリスのセントマーチンで学び、その後パリにあるメゾンで働き始めましたが、数年後にクリエイティブディレクターが退任したんです。そのタイミングで、自分は誰についていくべきなのか?が見えなくなってしまったこともあって、香港に戻ってサスティナブルな素材を使ってものづくりをしている小さなブランドでデザイナーをするようになったんです。そこは、自分が卒業したセントマーチンの卒業生もいて、若いスタッフをたくさん受け入れてものづくりをしていた組織でした。ただコロナ禍になり、そういったブランド運営が難しくなっていってしまったんです。それが自分自身の今後を考えるきっかけにもなって、いよいよ自分でブランドを始めてみようと決心しました」

田口 「それがファッションブランドではなく、陶器だったのはなぜですか?」

クウィーニー 「学校ではファッションを学んでいたので、作陶は全くの独学です。趣味で陶芸を始めましたが、土を触り始めたときに感じたのは、このマテリアルは自分自身にとてもフィットしているなということ。ファッションデザインをしていたときに意識していたことはシルエットの美しさだったのですが、シルエットを作るということにおいて土というマテリアルはとても探究心を持って取り組める面白さを秘めていて、そして自分にとってはとてもやりやすかったんです。そして、形のない全くのゼロの状態から作品を完成させるところまで、自分の手だけで完結できることも私にとってはとても重要なことでした。

そして土はとてもウェットな素材だから、捏ねたものを乾かす時間を必要とします。“待つ”という空白の時間は瞑想的ですし、とても落ち着きをもたらしてくれるんです。そんなことを感じた結果、陶芸だったらファッションブランドで培ったクリエイティブな考え方や感覚的なこと、プロジェクトマネジメントの経験などのを全てを活かしながら、自分らしくあれるのではないかと思ったんです」

田口 「土と自分だけが互いに対峙してものを作るというのは頭を使って考えるのとは対極で、自分の身体そのものや手つきが自然に形を作っていくとても感覚的なもののように思えます。それはファッションとは全く別のものづくりの手法をとっていますよね。自分自身の中でどんな感覚や手法に軸を置いて活動しているのか聞かせていただけますか?」

クウィーニー 「陶器は“軽くて薄いもの”を目指す手法が主流のように思いますが、私にとっては“重くて分厚いもの”が大事です。なぜなら重さのあるものを手に取ったり抱きしめることでその質感や存在を身体はしっかりと感じることができますし、その存在から新しい気づきを得られるからです。そんな私の感覚は伝統的な陶器の制作とは違いがありますし、同時に自分の個性だとも感じています。私にとっては素材の探求やフォルム作りの手法を模索することは、まだまだ全てが冒険のようで発見に溢れています。そういった意味で今の自分にはリミットを感じていなく、まだまだ挑戦したいことばかりです」

当たり前の価値観に疑問を投げかける
ものづくり。

田口 「自分の個性が反映されたフォルムや質感があるということですが、世の中のスタンダードに疑問を持つという姿勢はとてもクウィーニーさんらしさを感じる部分です」

クウィーニー 「私のブランド名の〈éphēlis〉とは古代ギリシャ語で“そばかす”を指す言葉です。香港にいるときには、そばかすは美しくないものだと考えられていました。そばかすは取った方がいいよ、と助言されたこともありますし、ピュアでスムースな顔をみんな望んでいたように思います。ですが、ヨーロッパでファッションを学んでいた頃の友人たちは私のそばかすをとても可愛いと褒めてくれました。実際に私は自分のそばかすが好きだったし、これまでの周りの反応とのギャップをすごく感じ驚いた経験でした。そのときに“美しさとはなにか”をとても考えるようになりました。可愛いと決めるのは誰なのか、正しいと決める基準はどこにあるのか。そんな問いを投げかけるために自分のブランドに〈éphēlis〉という名前をつけました。美しさの基準とはなんだろう、あらゆるスタンダードとはなんだろう、ということを常に問いかけ続けることがブランドのはじまりであり、私にとってはとても重要なことです」

田口 「今回のプロジェクトでも、美しさへの問いかけだったり、私たちにとっての美しさってなんだろうということを何度も話し合いましたよね。クウィーニーさんが女性的な美しさに軸を置いていて、それをいくつかのテーマに基づいて作品を発表していることもとても興味深いです」

クウィーニー 「私は四姉妹なので幼い頃から女性に囲まれて育ちましたが、女性の力というのは偉大ですよね。多くのものごとを自分自身でやり遂げるパワーを持っていると感じます。心もとてもタフで、たくさんの異なる状況に置かれても自分自身をマネジメントする方法を誰しもが心得ています。そんな私が感じる女性の強さからくる美しさの表現をしたくて、《Stone Collection》《Dialog Collection》など全てのコレクションには共通して女性的な視点が取り入れられています。今回制作したネックレスにも2つの曲線的な柔らかいフォルムの石がついていますが、イメージにも取ることができます」

“女性らしさ”とは。
“美しさ”とは。

田口 「全てのシリーズが単発のプロジェクトというよりは、全てのものづくりの根底に連綿と続いているコンセプトはとても強く感じられます。〈YLÈVE〉でも、25AWコレクションでは女性らしさがポイントになっているんです。私は基本的にはメンズアイテムが好きなんですが、それはなぜかというと仕様美があるから。そんなメンズウェアを女性が着ることで生まれる逆説的な“女性らしさ”というアプローチがこれまでの〈YLÈVE〉の表現の軸にあったのですが、今シーズンはバレエダンスを見た時に感じた女性の身体美に感銘を受けて表現した私なりの新しい“女性らしさ”を散りばめています。細身のシャツや、ソフトな素材感の洋服だけれどちょっとビンテージ感のある雰囲気を出したものや、細長いシルエットのドレスなど。それらは私にとっては新しい試みですが、いわゆる女性らしさだったりフェミニンさとはまた違うニュアンスを含んでいます。私が表現がしたいと模索した“女性らしさ”や“美しさ”は、クウィーニーさんがずっと向き合っているものともまた違うベクトルに向いているかもしれません。でも違うもの同士が互いに交わる部分にきっと新しい価値が生まれるだろうと感じて、今回一緒にものづくりができたらと思いました」

クウィーニー 「他ブランドとのコラボレーションをするときはブランドのリサーチからいつもスタートするのですが、〈YLÈVE〉はフェミニンでもないしマスキュリンでもない、中性的な洋服を作っているように感じました。こういうスタイルは私は大好きです。そして〈YLÈVE〉の洋服に合わせるなら、すごくデリケートなものよりはデイリーに使えるアクセサリーがいいなと。なので今回作ったブローチとネックレスはどちらもきちんと陶器の重さを持っていて、私らしくもあるものであり、なおかつ〈YLÈVE〉の世界観に共鳴するものが制作できたと思っています。例えばブローチはしっかり重さがあって男性性を感じられるかもしれないですが、カーブを触るととても女性的な柔らかさを感じると思います。女性がつけると少し重いと感じるかもしれないけれど、男性が触れると曲線的だなと感じたり、という逆説性が気に入っています」

田口 「私たちのブランドのコンセプトに中庸という言葉を据えていて、着る人の個性を引き立てるような余白のある服という姿を目指しているのですが、それが伝わった気がしてとても嬉しいです。今回のブローチはニットにつけてもとても素敵でした。ネックレスは少し長さがあるけれど土の強さがあって、首にかけた時にこのネックレスが引き立つようにとデザインしたドレスもあります。私にとってはクウィーニーさんの《Dialogue Collection》と今回のプロダクトの曲線を描くフォルムに共通項を感じました」

クウィーニー 「新しいコレクションを作る時に、過去のコレクションは過去のものであるという捉え方はしていなくて、新しいコレクションのパーツの一部だと捉えています。全てを膨らませていくことで新しいものができていくような認識です。なのでもちろん《Dialogue Collection》と今回のアクセサリーも、私にとっては繋がりがあります」

立ち止まって考える時間の大切さ。

田口 「その他にも《Calming Stone》という作品があると思いますが、手に収まるフォルムを再現していますよね。《Dialogue Collection》も手のひらに馴染む温もりのあるフォルムを持っていて、そのことについて以前お話しを伺った時に、価値観が日本の茶の湯と通じるなと思ったんです。日本的感覚に近いものがあるなと。そんなクウィーニーさんの感覚や、美しさについての考えがずっとここまでものづくりに反映されているように感じますね。形を作り上げる上でデザインのインスピレーション源があったりしますか?あるいは逆にあえて手放しているものがありますか?」

クウィーニー 「インスピレーションは、今回のように他ブランドとのコラボレーションのときには必要だと感じますが、自分自身だけでものづくりをするときにはインスピレーションはいらなくて、自分の心が持っている感情だったり思い出が私の目の前に形を作ってくれます。その時の私が完璧だと感じる形になるまで手を動かすだけ、という感覚です。ただブランドとのコラボレーションのときは、ブランドをリサーチしたり新しい視点をもらったりしながらまず自分でムードボードを作ります。それを持ってコミュニケーションを重ねていくことで、今までの自分の中にはなかった新しい視座を得ているような気がしています」

田口 「はじめの話に戻りますが、身体が自然と形を作るというのは頭で考えるのとは全く別の方法で、その姿勢はやはり洋服作りとは異なりますね。手先と自分の心だけが形を作る作業というものに、私はとても憧れてしまいます」

クウィーニー 「“Go with the flow”という感覚ですね。陶器を作る際は必ず土を乾かす時間が必要になるので、必然的に思いを巡らせる時間を持つことができます。その時に今目の前に作ったフォルムに対しても一旦立ち止まって考えることで新しいアイディアが浮かんだりもします。形を変えて作り直すことだってできます。少しでも自分の心や感覚とずれたと感じたらやり直すことができる、というのはファッションとは全く違います。ファッションでは一度縫ったものをやり直すことは容易ではなく、新しく縫い直す必要があって、作ったものに対峙して考え直す時間は持つこともできません。常に作り続ける、ということが求められますから」

田口 「私もファッションから少し距離を置いて立ち止まってみた時に、自分の感覚に気づくことが多いかもしれません。バレエを観劇したときに感銘を受けて気づいた美しさの新しい形があったように。でもそれを誰でもアクセスできる形に落とし込むファッションという表現方法が私は好きなのかもしれません。そうすることで多くの人の日常に取り込んでもらえるからです。今回のアクセサリーも、〈éphēlis〉の投げかける“美しさの基準とはなんだろう”という問いや〈YLÈVE〉の思う美しさを、日々身につけることで感じてもらえるものになればと思います」

コラボアイテム発売に伴い、7/30(水)~8/12(火)の期間限定でエフェリスの作品をYLÉVE直営店にて発売いたします。
※数に限りがございます。詳細は店舗スタッフへお問い合わせください。

Photography : Ryuhei Komura
Interview & Art direction :
Yukina Moriya ( nemos Inc. )